音楽的生活1983-2008
音楽ってCDを聴いたり、ライブやコンサートに行くだけではなくて、日常生活でも音楽的なものってあるはず。 このページではそんな音楽的な出来事を紹介していきます。
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2008/02/27 [Wed] 21:12:00 » E d i t

ipodシャッフル機能による今朝の1曲目は「鈴木さえ子/REAL」でした。

この曲はいとうせいこう原作、市川準監督「ノーライフキングオリジナルサウンドトラック」のラストを飾る曲です。

原作では子供たちは新しい現実=リアルを見つける(アーサー・C・クラーク原作「幼年期の終わり」を彷彿させる)わけですが、映画では、現実世界に回帰するという結末だったので、原作も映画も好きな僕にはとても興味深かったです。両方の結末は全く逆の方向性ですから。

そんなわけでこの曲は映画のラスト、主人公が現実世界のリアルを体験する美しいシーンの数々で流れる曲です。約十分という長さの曲ですが少しもその長さが気になりません。何度聴いても美しい、鈴木さえ子にしか作り出せない器楽的な楽曲です。

それにしてもリアル=現実って何でしょうね。

僕にとっての現実というのは、仕事に出かけたり、音楽を聴いたり、本を読んだりしているこの日常の事なんでしょうか。

いいえ。
それ以外にも日常から気持ちを別の場所に馳せることもまた、僕にとっては現実の一部という気もするんです。

「何もかも、リアルです」

劇中で主人公がそうつぶやくのですが、僕はひどく共感できるわけです。
僕が実際に五感を通じて感じる全ての出来事はもちろん、ネットを介して出会う人々との交流、ここではない世界のどこにもない別の場所を思うこと、あるいは映画や本を読んで頭の中に想像する世界も全ては僕にとって同じ現実なのだと思うのです。

つまり「僕」がいる、ということ自体が「僕」にとっての現実を体験しているということなんでしょう。

あるいは音楽を聴いて、ふとしたきっかけから過去を思い出すこと。もうそれは頭の中にしか存在していない世界なのに、今以上にイキイキと蘇っていることに対して戸惑うことはないですか。今の方が現実なのに。

あるいは日常で身近にいる人を理解できないのに、遠くの場所にいる人の気持ちの方をより深く理解しているということはありませんか。遠くにいる人の心の方が自分に近いという矛盾。どちらが理想的な現実なのか……。

そんなことを考えると、自分自身にとって本当の現実とは一体どこにあるのだろうかと、分からなくなるんですね。

このあともそんな僕なりの「リアル」を考えていくんでしょうね、一生かけて。多分、結論は出ないまま終わるのだろうけれど。

でもそんな心の旅、僕にしか出来ない旅も時にはいいんじゃないかな。そう思います。
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テーマ:本日のCD・レコード - ジャンル:音楽

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