音楽的生活1983-2008
音楽ってCDを聴いたり、ライブやコンサートに行くだけではなくて、日常生活でも音楽的なものってあるはず。 このページではそんな音楽的な出来事を紹介していきます。
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2008/05/30 [Fri] 22:48:51 » E d i t
いとこって微妙な関係。
家族ほど密着していない。
恋人ほど親密ではない。
友達ほど身近でもない。
日ごろはその存在も忘れがち。
でも時々会ったり連絡しあったりしてその存在を確認して安心するような、そんな不思議な関係。
身内なんだけど少しだけ遠くて、知人というにも少しだけ近いそんな関係。  

もしかしたら伯父さんもしくは叔父さんに対するイメージも、僕が考えるいとこに近いかもしれない。
この場合の「伯父さん」もしくは「叔父さん」はけっして「オジサン」ではない。
「オジサン」という言葉にはどこかしら生活感や物悲しさ、寂しさが付きまとう。
僕がイメージするのは、突然ふらりと訪れて、本の話や音楽の話といった芸術の話をひとしきりして去っていくような、生活感をまったく想像できない「伯父さん」であり「叔父さん」なのだ。
自分が生活している場所とは違う場所の空気感を伝えてくれる、そんな不思議な存在。  

そういえば、カズンといういとこ同士の二人組もいるけれど、友人以上恋人未満の二人組の音楽グループとはまた違うやっぱりどこか特別な二人組という気がする。
微妙な関係、微妙な距離感。
少しだけドライな人間関係が好きな僕にはとても親近感をおぼえる、好ましい関係でもある。

曲にもいとこが関係しているものがいくつかある。
ムーンライダーズの「いとこ同士」、フリッパーズギターの「ハロー/いとこの来る日曜日」 。
いとこにまつわる楽曲はどこか夏のかわりとした乾いた空気が似合う。

彼女はにこっと笑って
ハローなんていうタイプの女の子じゃ全然ない
僕を見てくすくす笑うんだ
僕のほっぺたをつねるんだ
たぶんそれから彼女はハローって言うんだ

フリッパーズギターの「ハロー/いとこの来る日曜日」

この感覚、好き。
きっと夏のはじめの明るい日曜日の出来事。

小さい頃、長い休みになる毎に遠い場所からいとこたちがやってきた。
僕にとっては一年に一度か二度の見慣れた自宅が少しだけ異世界になる時期。
最初はお互いに照れているのだけれど時間がたつにしたがって仲良くなる。
自分の気に入っているコミックや自宅近くのお気に入りの場所を教えたり。
でも時間はあっという間に過ぎてしまい、いとこは帰ってしまう。
あとには、取り残された僕の胸にちょっとした寂しさが残る。 
初めて味わう孤独感……。

いとこにはそんな淡い思い出がある。

さて「Papa told me」第十巻、エピソード44ミッシングリング。
この物語には知世ちゃんのはとこである的場強くんが登場する。
最初は嫌がっていた知世ちゃんも
彼のクマゴローにまつわる物語を聞いて親近感を持つ。

お母さんが捨てたぬいぐるみのクマゴロー。
お母さんが本当に捨てたかったのはクマゴローではなくて
クマゴローを大好きな自分自身なのだと話す強くん。
それは単にモノを捨てたということではなくて、
強くんの気持ちを捨てたのと同じことなのだ。

幸い僕には自分の大切なモノを強制的に捨てられたという思い出はない。
基本的にモノを捨てるということが出来ないことの理由のひとつなのかもしれないし、いつまでもひとつのモノや出来事に執着してしまう傾向にあるのもその影響のひとつなのかもしれない。

でも、そんな生き方は不快ではない。たくさんの雑多なモノたちを捨てないでいてくれた親に感謝さえおぼえる。結局、小さい頃から僕の性格を理解していたということなのだろうか。

「Papa told me」という物語の魅力は様々あるが、個人を個人として扱っているところではないだろうか。
分かりやすく言えば「みんながこうしているからこうしなければいけないんだ」ではなくて「みんながこうしている。反対ではないんだけど少しだけ考えてみない?」ということ。
少しだけ疑問を持って日常生活を送ることで少しだけ違った世界が広がるということ。
そんな気がする。

「Papa told me」を約二十年間読み続けているうちに、この作品がいつのまにか自分を構成している一部分になっていることに気がつく。きっとこれからも大切にしていきたい、そんな物語であるのは間違いない。この物語から卒業する時はきっと今までの僕とは全く違う僕がそこにいるはずだ。

久しぶりに懐かしいいとこに連絡してみようか。
あの頃のことを覚えているのか、少しだけ不安ではあるけれど。

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テーマ:マンガ - ジャンル:アニメ・コミック

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コメント
この記事へのコメント
未来派さんのお母様、素敵な方なんですね。
>たくさんの雑多なモノたちを捨てないでいてくれた 親に感謝さえおぼえる。
結局、小さい頃から僕の  性格を理解していたということなのだろうか

これ、うらやましいです。
私の母は、こちらが大事にしているものを、おかまいなく使ったり捨てたりしてくれたものです。
そのたびに幼い私は心が張り裂けそうになり、どうしてこんなことをするのかと
悲しかったものですが、不思議なものですね。
そうして育つうちにいつしか、「人は私の大事なものを捨てる。
どんな宝物もあっけなく私から奪われてしまう」という諦めの気持ちができてしまいました。
それからは無意識に、モノに気持ちをあまり移さないようになってしまった気がします。

といっても母を憎んでいるわけではありません!
むしろ感謝しています、モノは残してくれませんでしたが、
かわりに心に深く刻むことを教えてくれた気がするから。

と、そんなことまで考えさせられました、すてきなブログですね。

…でも、大事な大事なレコードまで捨てられた時には
やっぱりちょっと恨んだかも。
2008/05/31 Sat 13:46:44
URL | □■contemode■□ #-[ 編集 ]
>未来派さんのお母様
□■contemode■□さん

本人にとって大切なものとそうでないものの違いというのは他人には多分完全には理解できないんじゃないかと思います。僕にとって大切なものであっても、他人にはくだらないものだったり、その逆だったり。そういう部分を尊重してくれたというのは感謝ですよね。もっとも、もし仮に勝手に捨てられるようなことがあったとしたら……、想像するだけで恐ろしいです。

それにしても大事なレコードを捨てられたのは痛いですね。僕にとってはCDかな。一枚一枚に購入した時の思い出があるので、その思い出のひとつひとつが壊れるようなものですから。

まあ色んな親がいるわけで、よい方に解釈した方が円満に過ごせるのかもしれませんね。
2008/05/31 Sat 22:26:49
URL | 未来派1983 #x9/xA2t2[ 編集 ]
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